別所温泉源泉の歴史

別所温泉の源泉を守る別所温泉財産区

〒386-1431 長野県上田市別所温泉1700-1

TEL0268-38-5750

アクセス

別所温泉源泉の歴史

別所温泉源泉の歴史2

表中のリンクは別窓でWikipedia等へリンクしております。

西 暦 年 次 内      容 備 考
1881 明治1 年間宿泊、入浴客―22,200人(5湯、28旅館)  
1889 明治22 初の町村制度により 明治の大合併で18地区が5か村となる

別所村は旅舎業者による鉱泉組合をつくり温泉の 維持管理にあたる(営業組合規約成立-28旅舎)

別所初代村長―山極吉右衛門

別所村、中塩田村 、西塩田村、東塩田村、富士山村
1891 明治24 官有地となった共同浴場5か所の拝借願を村長名で長野県知事に出し許可される

借用料4円40銭―5年契約 払い下げをお願いする

東塩田村と富士山村が合併
1902 明治35 別所温泉事務所開設、浴場管理人を置き入浴料を徴収する。村民2厘、村外4厘  
1916 大正5 国有となった共同浴場やっと払い下げとなる

代金―5,497円、村の年間予算に匹敵、村議会紛糾温泉と別所村民の生計が不可分となっており「一朝他人ノ手二帰スルコト」あれば「公共利益ヲ害スルコト甚大ナリ」-全村民意識

入浴料、村民5厘、村外1銭(4:00~24:00)

(参考、西塩田小学校―12,000円)
村一丸の要望が受け入れられた

旅舎、村民の寄付により支払う

使用条例、温泉管理規定制定

1918 大正7 花屋ホテルが、村民出資により別所温泉(株)―観光旅館として設立

大湯より1分間90ℓ分湯、135円/年間―20年間

貸与料の始まりである。
当地で最初の株式会社となる(資本金4万円)
1921 大正10 上田ー別所間に電車開通  
1925 大正14 温泉貸与規定が設けられる  
1926 大正15 大湯源泉、浴場工事、源泉を大湯旅館に分湯、各旅館も増改築し内湯とする

共同浴場の入札が行われる

貸与料、1.8ℓ/1分―40円/年間、花屋735円/年間

温泉使用条例及び貸与規定改正 総工事費―7,805円
1928 昭和3 タカクラ・テル「風流七久里の郷」を作詩  
1929 昭和4 共同浴場久我湯を廃止、その湯を院内各旅館に分湯

別所温泉旅館全てが内湯となる

 
1932 昭和7 大湯火災、玄斉湯、つるや旅館類焼  
1933 昭和8 別所温泉協会創立

街灯がつく

参考

別所ー上田間往復電車賃70銭

1938 昭和13 別所村有温泉貸与規定、議決  
1941 昭和16 温泉の増量と低温解決のため地質調査実施

温泉分析―厚生省東京衛生試験所

加藤博士による
1943 昭和18 入湯税新設、1人1泊―5銭  
1944 昭和19 杉並生徒1,643名疎開受け入れ、月60銭 全館提供旅館は貸与料免除
1951 昭和26 再度地質学者による地質調査を行う

結果は悲観的、掘削にはいたらなかった

大湯線湯尻(道祖神前)改修工事完了

東大、花井氏、村井氏による
1954 昭和29 温泉掘削工事議決 日本温泉開発研究会

安斉徹博士に調査依頼

1955 昭和30 別所温泉ボーリング1号井掘削(院内―倉沢宅) 220m、41℃、67ℓ/分

別所温泉ボーリング2号井掘削(大湯―斉藤宅)148m、45.7℃、360ℓ/分
既設泉源に影響が出る(自然湧出減少、停止)

村予算、村民寄付
費用320万円余
1956 昭和31 別所温泉内引湯工事完了―温泉祭を行う

4村合併に伴い、別所村―温泉財産は別所村の物という条件で合併

別所温泉財産区を設立(財産区管理者に町長がなる)

別所温泉財産区財産管理規定、区有温泉貸与規定

及び常設温泉委員設置規定議決

別所村役場―塩田町承継、支所となる

財産区設立とともに温泉関係の支出は財産区となる―特別会計

又、財産区は特別地方公共団体となる

1957 昭和32 大師湯改築 (建物解体につき競売に出す) 大師湯はー7/13~3/31
1960 昭和35 大湯改装工事

支所(旧別所村役場)廃止となる

 
1966 昭和41 別所温泉ボーリング3号井掘削(観音下) 180m、52℃,340ℓ/分

支所(旧別所村役場)―財産区が買い取る

院内温泉薬師堂改修
 
1968 昭和43 大湯薬師堂、横関豊劉の「筆塚」建立  
1970 昭和45 上田市と塩田町合併、財産区管理者ー市長となる

入浴料、区民―7円、区外―15円となる

塩田町大字別所→上田市別所となる
1971 昭和46

石湯改築計画―底上げー地元反対―改築中止

 
1972 昭和47 相染閣建設(健康福祉施設)、夜間共同浴場として財産区が管理、60ℓを配湯

大湯改築(約1,100万円)

 
1974 昭和49 中央温泉研究所掘削調査指導依頼(益子薬学博士、 佐藤地質学博士) 冬、渇水期出湯量減少

現状のままでは熱量不足となる予備源泉確保必要

1976 昭和51 物理探査、補則地質調査等を経て掘削決意

ボーリング4号井掘削(観音下)350m、52.5℃、1300ℓ/分

過去の反省を踏まえ自噴力の900~950に制限

「絶対汲みあげない」益子博士指導

既存井自噴停止

工事費用約2500万円

湧出温泉大湯井、1,2号源泉を除き湧出停止

1977 昭和52

湧出量自噴 1,773ℓ/分 揚湯量 900ℓ

玄斉湯を山極さん(つるや)に、こが湯を大槻さんに払い下げる

3号井、ボアホールポンプ動力汲み上げ許可受ける(県知事より)

1月20日 温泉分析
1978 昭和53 洗い場有料化(5ℓ/分)  
1979 昭和54 石湯、浴場改装(予算―320万円)

真田幸村公隠しの湯石碑建立

1,2号泉自噴湧出停止

 
1980 昭和55 1,2号井枯渇のため廃止。  
1981 昭和56 相染閣、浴場改修。

大湯「葵の湯」碑を建立

 
1984 昭和59 大師湯、浴場改築

貸与料

大湯泉―14,300円

2号井休止

3,4号泉―24,200円
 
1987 昭和62 大湯薬師堂に「大湯を詠んだ与謝野晶子大町桂月」等の歌碑建立  
1989 平成1 大湯建設研究委員会設立(11人)検討に入る

大湯薬師堂に「北原白秋高野辰之」の歌碑建立

 
1991 平成3 大湯、浴場改築

(株)エイト、上田市野倉で温泉掘削

 
1994 平成6 入浴料、100円、洗髪料―変わらず

貸与料

3,4号泉―33,960円

大湯泉―補償へ

大湯薬師堂に「タカクラ・テル―風流七苦離の里」 の歌碑建立

区民は回数券
1996 平成8 オカミ・サミット開催、テーマ「水と森を考える」。

馬場―水資源開発公団副総裁、筒井―東大名誉教授の記念講演ありー水源を守る森林とオカミ等

 
1998 平成10 石湯、浴場改築  
1999 平成11 トリチウム分析(三重水素、半減期、約12年)を行う(水を構成する原子で一定時間が経過すると放射線が低下する、濃度が低いほど古い水である)

共同浴場整備事業としてJAより土地を購入

4号泉,大湯泉は濃度が低い(10年以上?)
2002 平成14 源泉調査―3号線枯渇化傾向ありー抑揚制限行う  
2004 平成16 足湯「ななくり」に5ℓ配湯  
2006 平成18 相染閣休日―財産区借り受ける(9:00~22:00) 「あいそめの湯」石碑設置
2007 平成19 新潟県中越地震による別所温泉への影響について調査、中央研究所(東京) 影響あり
2008 平成20 旧あいそめの湯(財産区)3月30日で撤退
新あいそめの湯5月2日より上田市管理で開館営業に入る
財産区より80ℓ/分配湯
2009 平成21 大湯に牛乳自動販売機導入  
2011 平成23 観光協会―あいそめの湯指定管理者となる

上田藩主湯屋解体撤去

東日本大震災(3/11)―別所温泉源影響あり

地震の影響?

野沢、御岳源泉倍増

茅野、河童の湯半減

山形、柳川温泉枯渇

掘削予6,000万円福島、いわき市、多量の温泉噴出。

茨城、袋田温泉、関所の湯、透明→乳白色。

箱根、千尺の湯、倒産

日光、判久ホテル倒産

和倉、銀水閣、事業停止

2012 平成24 足湯大湯薬師の湯完成 魅力創生協議会事業
2015 平成27 3号ポンプ老朽化のため交換(7月)スケールの付着によるケーシングパイプの引き上げに困難を極める

財産区新聞「オカミ」廃刊
代わりに財産区報発行(不定期)

第二百五十六世天台座主半田孝淳猊下ご遷化(12/14)

常楽寺名誉住職・上田名誉市民
2016 平成28

NHK大河ドラマ「真田丸」が放映開始

上田城跡公園内に信州上田真田丸大河ドラマ館が開館

熊本地震(4/12)―別所温泉源影響なし

財産区HPリニューアル(7月)

4号送湯ポンプリニューアル(11/11)

種楽園調査(12/14)

真田丸効果によりNHKをはじめ民放各キー局他多くのメディアの共同浴場取材が殺到

3浴場ともお客様急増

2017 平成29

3号ポンプ引き上げ点検・・・異常なし(1/19)

観光ポンプ入れ替え(8/17)

 
別所温泉
Copyright © 別所温泉財産区 All Rights Reserved.